2020年9月11日

帰国後一か月で初の展示会開催

ロンドンから帰り、一か月後に展示会を設定しました。

展示会をやるには作品が少なすぎると感じていたので、日程を先に決めてしまい、連日徹夜のような追い込みをしながら、新居を探し、引っ越しをして新しいアトリエでまた作業再開という感じでした。

最初は集客の方法もなく、自分の知り合いを沢山呼びました。自分がブランドを始めたということで、さもなくば何年も連絡を取ることはなかったであろう友達とも会うことができ、何か行動をするということは本当に大変だけど、そこには無限の可能性が広がっているというか、無限の可能性の分岐点に立つことができるんだなと感じました。

自分の作った作品を沢山の人達に着てもらい、喜んでもらい、注文をいただき、それまでの頑張りが報われました。ファッション業界では当たり前の、展示会は半年以上前にやる、とどくのが半年以上かかるというのは今思うと自分の知人には関係ない話で、申し訳なかったなと思う部分がありました。

ファッション業界のサイクルを無視してもっと早く送ることもできました。まあ、真夏にウールのコート届いても着ないでしょという感じでもありますが。

注文をいただいてから、一人ひとりの顔を思い浮かべながら、一生懸命縫っていたのが懐かしいです。

最初のころは全て自分で縫製していました。現在は生産数が多すぎるので縫製に関しては簡単なものしか自分で縫うことができません。

この展示会がブランド、事業として始めて社会経済と繋がった機会でした。

2020年9月11日

ロンドン留学中に制作した一着の服がブランドの始まり

僕が2013年、ロンドン留学中に作った一着がきっかけでした。

いつか自分のブランドを持つという目標はありましたが、それがこの後すぐになるとは、全く予想していませんでした。

ロンドンへは服作りの道具一式と、この生地だけ持っていきました。

実はこの生地は、学生時代に入賞したときなどに使った生地を売っていたお店で見つけた生地でした。

ちなみに学生時代には、本格的なテーラー仕立てで、奇抜なデザインのスーツルックを作った作品の時に、先生に最高級の生地は何かと訪ねて、カシミヤドスキンという生地が最高級と聞き、日暮里繊維街で30店舗ほど聞いて回ってようやく見つけた生地でした。他の全てのお店の店員さんから、日暮里にカシミヤドスキンが売っているわけがないと言われましたが、諦めない力は裏切りませんでした。

この生地を売っていたお店で、見つけたのがこのグラデーションの綺麗な生地でした。

惚れるほどの生地はなかなかないのですが、運命的な出会いでした。

毎日のように描いていたデザインの中からこの生地に合わせたいものが見つかったので、パターンを引いて仮縫いをして、完成パターンにして裁断となった時、いくらやってもうまくパーツが入らなかったので、衿にも色が入るような配置にしたらギリギリ、全くハギレも残らずに裁断できました。

なにかすごいものができると感じるときのワクワク感というか、ソワソワ感が裁断するときからありました。

一気に縫い上げて自分で着てみたら、ものすごい気分が上がりました。そして即、フラットメイト(シェアハウス内の住民)達に見せて着てもらいました。

この一着が完成した時点が自分としてのブランドのスタートだったと思います。

一人の熱狂が多くの熱狂になると言いますが、始まりは自分自身の熱狂でした。

やはりこのコートは最初の展示会の目玉になり、一番人気でした。

 

このコートを皮切りに、ウールにフィルムを貼ってあり、着ていくうちにボロボロになり風合いが出てくる生地を使ったジャケットや、レース生地にカットソー生地に穴を空けたものを重ねたデザインなど、とにかく工夫をして、オシャレなものを作ろうと思っていました。

ロンドンで出会った全身真っ黒な服装で、自分のファッションと一番趣味が合うフォトグラファーのKentaroさんに、雨の日の廃墟の教会で撮っていただいたのが、最初のコレクションでした。

後にも先にもあのロケーションが一番素敵な場所となりました。

ヘアメイクは同じフラットメイトのKeikoさんにお願いし、6年後の現在もこの二人にお願いしています。

IROFUSIの素敵な写真があるのはこのお二人のお陰です。

そしてその後に作品を作り足してロンドンから帰国の三日前にスタジオ撮影をしました。

ロンドン留学中にバックパッカーのようにヨーロッパ一周したのですが、その弾丸トラベルがその後の自分の人生の大きな自信となりました。

その旅行の後にこのコレクション作りを行ったのでエネルギーがこもったのだと思います。

ロンドン留学中に、自分が退廃的なものが好きなのは、日本的な美意識なんじゃないかと思ったときに、自分の中で点と点が線で繋がったというか、自分の中に太い幹が生えたというような感じがしました。

海外の国々を周る毎に日本の素晴らしさを、日本が与えた影響を感じる事ができたりしたのが、その幹をより強固なものにしたと思います。

 

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